Seiji's blog

読書メモ

『「ズルさ」のすすめ』佐藤優・著(青春出版社)

 

 Kindle版 「ズルさ」のすすめ

 

【読書メモ】

1. 人と比べない

 ビジネス社会でもう一つの顔を持っていると強い。一つの価値観だけにとらわれないので、精神的な余裕ができ、それが本来の競争でも強みになることもある。将来的に競争に敗れても、それを新しい自分の世界にできる可能性が残る。リスクヘッジの観点からも、もう一つの価値観、自分だけの世界を持つ複線思考が有効。

 上手に自分をごまかす。自分がどういう場所にいるのかは、客観的な数字だけでなく、主観も大いに関係している。たとえば年収が低めでも、自分を中流と感じるのは自由ですし、それで満足しているのであれば他人がとやかく言うことでもない。人間というのは、現実を目にしながら、どこかで自分で自分なりのストーリーをつくるもの。そして、そのストーリーの方を現実だと認識する動物。

 

2. 問題から目をそむけない

 人間は大きな問題、重大な問題に直面するほど楽観主義に陥る。「なんとかなる」と根拠のない自信を持つ。というよろ、そうしないと不安になってしまう。

 問題には正面きって立ち向かうべき問題と、そうでない問題がある。問題の設定自身が誤っているものを「擬似問題」という。たとえば、資本主義、商業主義の世の中では、問題のないところにあえて問題を設定することで購買意欲をかき立てようとする。金融経済も一種の擬似問題だという視点を持っていることが大事。

 経済でのグローバリゼーションが言われる一方で、政治としてはナショナリズムが強くなってきているのが今の世界の流れ。資本が国家の垣根を越えて広がり、それによって国家としての紐帯がもろくなる。国家権力としてはそれを補うべく、ナショナリズムを鮮明に打ち立てる。そんな構図がある。

 本質的な問題と擬似問題を見分ける方法は、その問題が普遍的かどうか。たとえば、老後の問題とか死の問題、恋愛、結婚、子育て、仕事。人が人として、社会で生活する中で直面する問題。こういうものこそ向かい合うべき本質的な問題。

 

3. 頭で考えない

 化学や論理的な思考の、その重要性と必要性を認識しながらも、その限界を常に意識しておくことが大切。

 「智恵ある者の最高の喜びは、知り得ることを知ろうと努力し尽くし、知り得ないことを静かに敬うことである」 ゲーテ

 理屈一辺倒の人ほど仕事ができない。日常の生活でも理屈っぽい人は敬遠されがち。仕事ができる人は総じて理屈や論理でガチガチの人ではない。ある部分では直観力で瞬時に判断し即実行に移すことができる、やわらかい思考の持ち主。ここでいう直観はまったく根拠のない想像力とは違う。たくさんの経験値と論理的な思考を経たうえで、その蓄積によって途中の論理的な検証を飛び越え、一気に結論を導くことができる力。最低限ロジカルに物事を理解し判断する能力があるからこそ直観が生まれ、その判断が生きる。

 直観力とは対象にしっかり向き合っていなければ生まれない。

 すべての存在は関係性のうえに成り立つというポストモダンの考え方がある。自己という絶対的な存在があるわけではなく、自分という存在は他者との関係性の中でしか定義しえない。だから、自分探しで自分のことばかり突き詰めて考えたとしても、タマネギの皮をむくように、いつまでたっても本質は見えてこない。

 自分探しに七転八倒するくらいなら、思い切って面倒だと思う人間関係に飛び込んでみる。そこで他者と向き合いながら、何か役に立つことや仕事をしてみる。他人の評価や自分を見る目が自分に跳ね返り、そのときはじめて自分というものが明確に見えてくる。職場でもボランティアでも、何かのサークルでもいい。他者との関係性の中でこそ、僕たちは自分自身の存在や存在意義を感じることができる。

 僕たち現代人は啓示や天啓はもちろん、直観やひらめきといった力に出会うことが少なくなっている。ですが積極的に仕事や人生と向き合っている人の多くは、今でも自分の内なる声や外から降りてくる直観に耳を澄まし、それを上手にキャッチしている。

 そんな直感的人間になるには、まずは多くの人と会って話をしたり関係を築いたりして、人としっかり向き合うこと。向き合うのは人でなくてもよく、海や山といった自然でもいい。あとは「代理経験」。本を読んだり映画を見たりして自分がきない状況を疑似体験するだけでも違う。

 

4. 時間に追われない

 新しい技術はツールは、その後の環境の変化で不要になってしまうことも多い。むやみに飛びつくと、それに費やした時間がまったくムダになってしまう。

 まずは自分の時間を確保する。

 人脈は仕事の中でつくるもの

 「賢者の時間」を大切にする。「孤独は人を賢者にする」という言葉がある。昔から偉大な思想や哲学、文学や芸術のひらめきは、孤独な思索や時間の中から生まれた。

 休むことが人と文化を発展させる。

 

5. 酒に飲まれない

 上司がどんなにハメを外していいと言ったところで、それは言葉上のこと。本当の無礼講などまずありえない。バカ騒ぎをしたり、突然社会や特定の個人を非難したりするのは論外。 

 まじめな話は酒の入らない席でやり、酒が入ったらバカ話に徹するくらいがいい。それと、意味のない飲み会やはしご酒は極力避けること。

 一番よくないのは、飲んだときの話を蒸し返すこと。

 男性の場合、絶対に欲しいのが一緒に飲める女友達。気心知れた感じで飲めて、セックスがからまない女性の方がいい。異性とこのような関係になるのは難しいが、複数でもいいので一緒に飲める女友達を見つける。というのも、女性は男性と違った価値観や環境で生きている。その分、自由な視点を持っている。

 何かに酔うというのは、生きるうえで必要なことかもしれない。考えてみれば人は酒を飲まなくても、何かしらに酔って生きている。逆に言えば、何かに酔っているからこそ、人は生きることができる。どんな理性的な人物でも、いや、そんな人ほど、矛盾だらけの現実やどうしようもない人間関係の中で、思わず「これが飲まずにやってられるか!」という気分にもなる。

 人間関係や人生そのものの潤滑油でもある。

 

6. 失言しない

 モノを伝えるのに理屈、すなわちロジックだけではダメ。表現法や修辞法というのは、同じ物事を相手に伝えるのに、より相手が受け入れやすくする調味料のようなもの。たとえば、「お前、ウソをつくなよ」といったらケンカになるが、「お互い正直にやろうぜ」と言ったら角が立たない。

 最低限の論理性を保ちつつ、レトリックを上手に駆使する。このバランスをふまえて自分の真意を伝えるようにする。当然失言は少なくなる。

 上司にはゴマをするくらいでいい。独りよがりの正義感で上司に正面からぶつかるなどというのは、一番愚かな人間のやること。組織とは個人の価値観や正義感を超えた論理で動くもの。そこで働いている以上、その論理にある程度は巻かれる覚悟が必要。

 ときには相手の気持よくするようなゴマすりをする。サービス、ホスピタリティの一種だと考える。それでお互い仕事がしやすくなれば言うことはありません。

 時と場所と言葉を選ぶ。これができれば失言はなくなる。適切な時と場所を選び、ロジックだけでなく最適なレトリックを交えて伝える。しかも偏った見方ではなく、バランスのとれた視点に立つ。

 結局、必要なのはそれらを総合して判断することができる「智恵」であり、さらに言うなら「教養」。けっして知識の量や学歴ではない。

 では、教養とは何か。古今東西の書物に通じることでしょうか?絵画や音楽といった芸術に造詣があることでしょうか?

 もちろんそういうことも必要でしょう。しかしもっと本質的なことを言うなら、著者は「偏りのないこと」と「やわらかい思考」だと考える。さまざまな国家、人種、職業の人たちの考え方と生活を受け入れる偏りのなさ。そして、それらを理解するやわらかさ。それがあるからこそ、この世界の多様な存在とリアリティをありのままに認められる。

 教養があるかどうかを見抜くのは難しいことではありません。偏見と差別意識が少ないことをポイントに判断すればまず間違いない。学歴などはなくても、偏りのないフラットな目で世の中や人を見て、それらを受け入れられる柔軟な精神の持ち主なら、著者はどんな職業であれ立場であれ教養人とみなす。

 

7. 約束を破らない

 大きな仕事でどんな華々しい成果を上げるかどうかということとは別に、毎日の小さなことに対して、いかにまじめに向き合っているか。ちょっとした約束事をきちんと守っているか。そういうところが重要。

 約束というのは二重構造。小さな約束事があって、それらを包み込むように大きな約束事がある。小さな約束事を守っていくうちに信用を獲得して、さらに大きな約束事ができるようになる。

 相手の時間を奪っていないか。

 社会が成長し資本主義がしっかりと根づくには、お互いの信頼間、信頼関係が一番重要。そこからすべてが生まれる。

 なんでも書面にきっちり表すのが必ずしもいいのではない。どこかぼやかす余裕が、実は長く関係を続けるうえでは必要になる。

 

8. 恩を仇で返さない

 人の認識というのは非対称になっている。自分が与えた情けは大きく、受けた恩は小さく感じてしまう。

 「受けた恩は石に刻み、かけた情は水に流せ」

 「返報性の理論」。何かをもらったその分こまめにお返しをしておくこと。借金と同じで、返済できないほどの大きな負債になってからでは遅い。

 人間が自分のためだけに頑張れることはたかが知れている。自分以外の家族や子ども、知り合いや友人たち。そういう人たちとの関係の中で、恩を与えたりそれに報いたりしながら生きる人たちの方が、がんばりがきいて結果として成功するし、その方が幸せな生き方だと言えるのではないか。

 

9. 嫌われることを恐れない

 ビジネスパーソンがあえて嫌われることを恐れず自分を主張しなければならない基準はどこか。著者はコンプライアンス法令遵守のところだと思う。

 他人の評価や評判というのは、自分で操作しようにも操作できない部分。それを、もともと課題が別なのだと割り切れば気持ちが楽になります。

 人の顔色を見て自分の意見を変えたり、おどおどしたりしている人物より、自分の好きなものを明快に求め、生き生きとしている人の方が魅力的なことは間違いない。

 どれだけ経済的な強さを持っているか。嫌われることを恐れないというより、まず嫌われても自立して飯を食っていけるくらいの力があるかどうかが重要。

 日ごろから自分が何をしたいのか、どうなりたいのかをイメージしておく。自分の考えを紙に書いて視覚化することで、頭を整理することができる。

 

10. 人を見た目で判断しない

 アメリカのある研究によると、見た目が標準以上の人物は、そうでない人物よりパーティーやビジネスの誘いが多いそうです。

 分不相応に派手というか、高価なものを身につけている人物には気をつけたほうがいい。

 見た目で判断することが悪いのではなく、どこにどう目をつけるか、どう判断するかが重要。

  お金と人。この二つに対してどう向き合っているかで、その人物がわかる。

 

11. 上下関係を軽んじない

 部下は上司を選べない。どんな上司に当たるかは運みたいなもの。いい上司についたらラッキー、とんでもない上司の下についてしまったら仕方がないとあきらめる。

 最近は、部下やスタッフがモチベーションを上げて仕事がしやすくなるよう、上司やリーダーがお膳立てや環境整備をすることが新しいリーダーシップだと言われてる。そのような側面も必要だが、結局はリーダーがうまく下をおだてながら、組織の論理の中にとり込んでいくということ。昔から優秀なリーダーや上司は、この論理の中で上手に部下を操っていた。ただし、そのようなリーダーは2割程度。8割はおかしな人だと割り切るくらいでちょうどいいし、気楽になって、何かあっても仕方ないとあきらめやすい。

 今の時代は掛け算の仕事。おかしな部下をひきとってはいけない。

 組織である以上、上の命令には背けないが、例外は「数字を毎回出す人」と「専門知識や特殊能力のある人」。こういう人は多少の意見も許される。

 組織に胃をとなえる場合、一つの案件に対して3回までというのが著者の考え。

 権力の本質は人にイヤなことをさせる力。

 現代社会で人間が集団で行動して組織をつくり、さらに国家をつくる以上、真に平等で自由な社会などというのは幻想にすぎない。

 人間をはなんとも矛盾した存在。僕たち個々の存在としては自由や平等を求めるが、同時に集団、群れをつくらざるをえない人間である以上、上下関係や権力構造からは逃れることはできない。ただし、それを見極めるところからしたたかさと強さ、そして実現は難しくても大切な理想があることを知る。そこで葛藤し、もがきながらも生き抜くこと。それが人間としての価値であり生きる強さ。

 特殊技能や能力を身につけて代替不能な人材になること。経理でも営業でも、その方法で自分なりの方法論を確立したら、社内レポートを作成したり、場合によってはブログで発信したりして、それをアウトプットし発信する。それによって、少しずつ周囲に認知されながら副業的な仕事をこなし、手ごたえを感じたところで独立、その分野のコンサルタントや講師になる。そんな生き方も一つの選択肢。

 趣味の肩書を持つというのもいい。

 

「ズルさ」のすすめ

「ズルさ」のすすめ